死ぬまでワクワクしたーいわー

初めて一人暮らしした街に行ってきた

1/11は、ジャズピアニストの福本純也さんと、シンガーのまやこちゃんが、「おうちコンサート」を企画。同じくピアニストの、スコットランドから来ているアランベンジーくんと一緒に演奏するのをとっても間近に聞けました。
1曲飛び入りで歌わせてもらって幸せな1日でした!!
 
 
前日の1/10は、画家でガラスアーティストでもある佐々木恵理さんのアトリエ兼ご自宅でライブだったので、2日連続で、誰かのおうちで歌う、っていいなぁ、私も広いおうちに住んで友達を招きたいなあ!!って思いながら帰宅しました。(そのブログはまたすぐ後日)

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with Alan & Junya
 
さて。ちょうどお邪魔したエリアは、私が初めて実家を出て一人暮らしした、当時、築40年「いづみ荘」の近く。
 
「いづみ荘」。
 
なかなかにドタバタした家だったんだー。この駅降りるなら、立ち寄って、会いたい人がいるのだ。お隣に住んでた「宮さん」。
 
初めての一人暮らしは、家賃やすかったけどなかなか広かったのですよ。12畳、10畳、8畳(キッチン、お風呂、トイレエリア)、ぐらいあった。
大家さんの娘さんの名前からとった、「いづみ荘(「つ」にてんてん)」、当時築40年木造、部屋は全部畳。ガスはプロパン、お風呂はバランス釜で「ガチガチガチガチ!!」って回すやつだったし、キッチンもボタン押すと「ボッ」て火がつく給湯器だし、トイレなんて、和式だったよ(自分で、洋式にするやつを買ってつけてた)。
なかなか、昭和感全開だった。
 
玄関は通りに面していて、扉あけるともうキッチン、寝室、リビング、庭と一直線で、不動産やさんには
 
「いわゆる、うなぎの寝床ってやつで。」
 
と、あんまりオススメじゃないような言い方をされたけれど、だいぶ気に入って住んでました。
決め手は完全に「庭(しかし日陰)」と「クリスマスツリーみたいな木が植わってること」と、さらになんだか栗の木まで(後に、びわとわかる)あって、一軒家に住んだことがなかった私には夢のようだったから!
 
 
役所に届け出る時、「いづみ荘101です」って言ったら、「….ええと、101ではお届けがありません」と言われる。
 
 
えっ…でも…。不動産屋さんからは、101号室って言われています….。
 
 
役所「101ではなくて、ご住所は、『いづみ荘ミギ』、になります、『右』です」
 
 
101ではなく、「右」!!!
 
 
おぉ…..。確かに1階部分には、お隣と私の部屋だけなので…「右」と「左」なわけだ。
 
私はそれを友達みんなに嬉々としてしゃべり、大勢招いて、引っ越しパーティーを開いた。
みんなが冗談で「右」とかかれた、表札をプレゼントしてくれた。
 
表札には、酔っ払った友達により「右」の字の隣に「近」という字を書き足され、「右近」になり、まわりには「新聞勧誘お断り!」とかいろんな阿鼻叫喚が書き込まれ、ドアの外にかけられた。
 
 
翌日、仕事場で。大家さんから電話が入る。
 
 
「あのぅ、表札の様子がおかしいと、ご近所からクレームが入ったので、ただちにはずしてもらえますか? あと、入居者は横沢さんって聞いてるんですが、表札に右近さん、って書いてあるんですが???」
 
まずい。大家さんとご近所怒らせた…..。
帰宅後わたしは、ご近所に手紙と粗品をもって謝りにまわったのでした。(いづみ荘ひだりさん、それから2Fの…右上さん、中上さん、左上さん、かなぁ)
 
この、お隣に住んでいた「宮 モト」さんが、だいぶ、話題に事欠かない人だった!!! 
 
賃貸なんだけど、でかでかと看板がでてるの。
 
「宮 モト カイロプラクティック」
 
って。
ここ、商用いいんですっけ…??
そんなこと関係ないくらいはるか昔から住んでいる感じだった。
隣に駐車場があったけど、宮モトさんが発泡スチロールの箱で育てている、いろーんな植物で、駐車場としては機能してなかった。
主に「稲」とか「アロエ」をわんさか、育ててた。
 
あれ、収穫して米として食べてたのかなあ…。
 
その、ウチの引っ越しお披露目大宴会のときに、上司(カッコイイ)が、ハーレーダビッドソンで家の前に乗り付けた。
このおっきなバイク、ちょっと乗ったりするとき、エンジンがドカンドカンいうんですよね。あと、なんかちょっとアイドリング?的なのしないといけないの。
 
いやーすごいね、かっこいい音だね。なんていってたら。
 
「ドンドンドン!ガチャ!ガチャ!」
 
うちのドアをがんがん叩く音。
隣の、カイロプラクターの「宮 モト」さん(ミヤモト、ではなく宮が苗字、モトが名前!)が怒鳴り込んできた。
 
「あんた!オートバイうるっさいよ!!」
 
革ジャンに、頭をツンツンたてた私の上司と、私で、ヘコヘコ謝る。
 
 
まずいなー。怖いおばあちゃん、隣に住んでる。
 
 
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実家から出て嬉しくて仕方なかった私は、「自分の庭」にお給料のほとんどをつぎ込んで、ハーブ20種類、ネギやじゃがいも、そしてローマンカモミールを芝生として植えて、芝刈り機まで買い込んで(一人暮らし)、毎朝6時に起きては庭の世話をしてた。
 
ある朝、天から声が。
 
「あんたも植物好きなんだねえ!(ダミ声)」
 
見上げると、お隣の庭と私の庭の境界線に植えられていた「びわの木」に、隣のおばあちゃんがたくましく登っている。びわを収穫しているのだ..。
 
びっくりしすぎて、雑な挨拶をして私は急いで部屋に入っちゃったけど、でもマテヨ、あの「びわ」はウチと宮モトさんの境界線に植えられてるんだから…、私だって、びわ食べるの楽しみにしてたのになー!
 
そしたらね。
翌日、「宮 モト」さん(ようするにモトさん)から、収穫したびわのおすそ分けがあった。
 
なんだかこの「ご近所づきあい」が楽しくなった私は、びわ酒を作ったり、びわの葉とか種で化粧水作ったりして、宮さんちに持ってったりして、すっかり仲良くなった。
 
この宮モトさん、基本的に「ノックとドアを開けるタイミング」が一緒なの。
私の返事とか待ってない。
 
 
夜10時頃、「ドンドンドン!ガチャ!」って言ってうちのドアが開き、宮さんが立ってる。
 
鍵しめてると
 
「ドンドンドン!ガチャ!ガチャガチャガチャ!ドンドンドン!!ちょっとアンタ!!!!」
 
てうるさいから、私はなんとなく、女の一人暮らしで1階だし危険かなとは思いつつ、モトさんが来てもいいかなって日は鍵かけないで暮らしてた。
 
で、ドア開けたあとは勝手にひとんちのキッチンに座ってるんだけど、
 
 
すっごーく全面的に肌色なの。肌色?ババ色?
 
ベージュ(?)じみてるの。
宮モトさん、露出多め???
 
ていうか、下着!?
 
下着にしては、露出だいーぶ少なめ???
 
 
一般的にはおそらく「しみーず」的な呼び名の下着姿の、全面的なババ色の宮モトさんがうちのキッチンに鎮座し、
 
「お茶をいれたから、来い!」
 
 
って言うの。
 
 
で、行くと、完全に、焼酎のみが、湯飲みに入ってるの。
焼酎、のみ。
お茶はナイ。
 
で、宮さんの親戚らしいおじさんが出迎えてくれて、ギターを片手になんか弾いてるの。
 
宮さんは、小鉢にいろんなおつまみを出してくれて、当時わたしは、焼酎なんて1ミリも飲みたくなかったんだけど、なんだかがんばって飲んでいた。
 
たまーに、ちろちろーっとチャバネGKBRが、コタツ机の上を横断するんだけど…、すると宮さんが、まるでパン粉を払うように、しゅっと。。。
 
払うような手さばきで、つぶす。
 
 
そしてその手は…
 
 
え! 拭かないんかい!!!!!!
 
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私は、自分がたべてるお惣菜的なやつって、どういう手の状況でつくったやつかなー…。ってちょっと不安に思いながら、食べるしかない。
 
 
休日は昼間っから、「ドンドンドン、ガチャ!」って入って来る。
しょっちゅう入って来るもんだから、私はもう、天気のいい休日は、玄関のドアを開けっぱなしにしてた。
 
「ちょっとアンタ!時計のぜんまい巻いて。背が届かんから。」
 
っていっては呼ばれて、わりと頻度高く、宮さんちに行ってた。
 
 
 
ある時、私がベッドを買って、業者の人が出入りしてたら宮さんが不安そうに出てきて(しみーず)。
 
「引っ越しちまうんかい!!!!!」って。
 
怒ってんだか寂しがってるんだか。
 
「大丈夫です、ベッド買ったからますます落ち着いて住みます。」
 
って言って。
その時たしか、カイロプラクティックしてくれたりもした。
 
寝そべって、足を上にあげて、「ほっ!ほっ!ほっ!ほっ!ほっ!ほ!!」って掛け声をかけてた。効いたような..気もする。
 
 
 
またある時は、
「ドンドンドンドン!ガチャ! おいなりさん作りにおいで!」
 
って呼び出され、ご近所のおばあちゃんたちと4人ぐらいで、お稲荷さんを100個ぐらい作った。
「この、皮の部分はちゃんと、つまようじでピンと出すんだよ!!」
 
って怒られながら。
 
 
 
いやーーーーーーーーー宮モトさん。
私の部屋(いづみ荘「右」)と同じ間取りなのに、勝手に庭部分にトタンで部屋を増設してたなー
 
私は、引っ越したあとも、2回ぐらい、突然菓子折りを持ってってみたり、果物をもってってみたり、してた。
 
 
あの家、どうなってるかなぁー!!!
 
お隣に住んでいる「宮 モト」さん、元気にしてるかなぁ。って思って、純也さんに送ってもらって見に行ってきた。
 
 
いやー、当然だけど、居なくってね。
 
 
 
もう引っ越しちゃってた。「宮モト カイロプラクティック」の、でかでかとした看板もなくて、発泡スチロールに植えた「稲」も、全部無かった。
 
私の住んでた部屋にはね! 例の「右近の表札を貼って怒られた事件」の翌日には、ピタぁっと「101」の部屋番号が貼られてたんだけど、宮さんちには貼られてないのね! 今気づいたわ!!
 
つまりあの部屋はまだ「いづみ荘 ヒダリ」って部屋番号なんだろうな。
 
 
……いやいや、私の部屋も、101って貼ってるだけで、住所登録とかは「いづみ荘ミギ」なんだった。
 
 
そんなことをひとしきり、面白おかしく、純也さんや、まやこちゃんに話をして、いづみ荘に隣接してるお蕎麦やさんでご飯を食べた。
 
このお蕎麦やさんも、ご家族でずうっとやってるお店なんだよなぁー。
 
 
会計の時に、お蕎麦やさんの娘さんに聞いてみた。
 
「あの、ここの駐車場に面してる、いづみ荘に住んでたんですけど、お隣にいた宮モトさんて引っ越しちゃいましたか?」
 
 
 
「あぁ!宮さんね! 亡くなりましたよ。」
 
 
 
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そうだよなぁ…。
聞かなきゃよかったかなぁ…。
 
身体中の力がぬけたなー
 
宮モトさんの部屋には、今は誰も住んでなさそうだった。
この部屋で、亡くなったんだって。引っ越さなかったんだな。
 
ふふふ。引っ越しったってあの荷物やら稲、片付けるの大変だからね。宮さん。もー。
勝手に増設した部屋、どうなるんだろ。笑
 
86歳ぐらいだったと思うけど元気だったなぁ。
赤い、ネイルしてたなぁ。はげはげだったけど。
 
眉毛がやたらキリッとしてて、なんで?って聞いたら「刺青だよ!」って言ってたなあ。
アートメイクとか言うんだよ、宮さん。たぶん。
 
電話番号が変わった時、一度だけ連絡くれたなあ。「これ新しい番号だから!」って。
私が引っ越したあと、柱時計、巻けてたかなぁ…。
 
 
宮モトさんの思い出話は、誰に話してもよく笑ってくれるよー。
 
 
すごく楽しいお隣さんづきあいだった。
初めての一人暮らし。

駅から20分もある、遠くて古くてGKBRも出る家で、帰り道も暗くて、痴漢やら露出狂もよく出会ってたけど、宮さんが居たから楽しかったなー。

 
完全に私の、思い出話ブログになっちゃいました。
ここまで読んでくれた人。ありがとう。笑
 
 
もしある日、宮モトさんのお孫さんとか親戚の方とかがさ。
検索とかしたりして。「宮モト」でね。
 
それで、このブログを読んだりなんかすることも、万が一にもあるかもしれないから。
 
 
宮さんのこと、今も忘れずに、大好きな人が、ここに存在してますよーっ。
 
 
って。書き残しておくよ。
 
 
 

いいねされると嬉しくなり今後もがんばります。

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